新川優愛
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「会いたいなー」って思っている人がいたら、会ってみるといいし、
「行きたいなー」って思っている場所があったら、この夏にでも行ったほうがいい。
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2010-03-09
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他の人が褒められているからって
自分がけなされているわけではないのだ
という
ごく簡単なことが信じられるようになるまでに
すごく何年もかかったりすることも
あるんだよな。
そういう長い長い時間は無駄なようにも思えるけれど
でも
「人が褒められると自分がけなされているように思う人がいる」
ということを
身をもって痛烈に知っているということは
ある場面では
一つの財産なのかもしれない。
「人が褒められると自分がけなされているように思う人が、世の中には、存在する」
ということをちっとも知らないために
何気なく、悪気無く
誰かを痛めつけてしまうことだって
あるわけだ。
「知らぬが仏」という言い方があるが「幸せ」という以外の言葉がもうひとつ
あるといいのになあ、と思う。
たとえば、ここでもかつて書いた、
自己肯定感の無い状態とか、
なんでも自分が悪いと思っちゃう状態とか、
人が褒められると自分がけなされたように思って
その褒められた人を嫌いになっちゃう思いとか、
そういう苦い思いを経験し、それらに向き合い、
それを自分なりのやり方で「自分のものにした」人
というのは
「幸せ」というのとはちょっと違った
中身のぎゅっと詰まった、柳のようにしなやかな力を
備えていけるはずだと思うのだ。
そうした「道のりの果ての状態」を意味する言葉が
なんかないかな
と思ったり
したのだった。
